『敷引き』って何ですか?
敷引きとは、あらかじめ合意された約定(敷引き特約)に基づき、敷引き金(償却金)を敷金(保証金)から差し引くことです。
通常の敷金返還とは異なり、未払賃料や借主の不注意による修繕費用等がなく、借主に原因がない場合でも、約定の定めにより一定額を差し引くことができます。
賃貸住宅の借主にとっては、自分に原因がない場合でも敷金の返還額が減額されることについて、納得できないこともあるでしょう。
しかし、貸主と借主とで合意している場合、敷引きは原則として有効とされています。
まずは、敷引きに関する基本的な事柄を確認していきましょう。
敷引きとは、賃貸借契約を締結する際、借主が貸主に預ける敷金や保証金から、あらかじめ定めた一定の金額を、退去時に無条件で差し引くことを指します。
貸主と借主との間の、この合意のことを「敷引き特約」といいます。
本来、敷金は、退去時に未払い賃料や借主の不注意によって必要となった修繕費用を精算した上で、残額が全額返還されるのが原則です。
しかし、敷引き特約がある場合、たとえ部屋を綺麗に使っていて修繕費用が一切発生しなかったとしても、定められた金額が差し引かれます。
ここでは、簡単な具体例を挙げて敷引きの金額を計算してみましょう。
| 家賃 | 10万円 |
|---|---|
| 敷金 | 30万円(家賃3ヶ月分) |
| 敷引き特約 | 15万円(家賃の1.5ヶ月分) |
この条件で賃貸借契約を締結し、退去時に借主の不注意による損傷の修繕費用として2万円を要したとします。このケースで、敷引き後に借主へ返還される敷金の額は、13万円となります。
| 敷引き額 | 15万円(無条件で差し引かれる) |
|---|---|
| 借主負担の修繕費 | 2万円(敷引き額とは別扱いとなる) |
| 借主に返還される金額 | 13万円(30万円-15万円-2万円) |
このように、入居者の故意・過失による修繕の有無に関わらず、「最初から戻ってこないお金」としてあらかじめ定められている点が敷引きの最大の特徴です。
修繕費が敷引き額に含まれるかどうかは契約内容によりますが、基本的に敷引き額は修繕費とは別扱いとされ、通常損耗を超える損傷の修繕に要する費用は、敷引き額とは別に敷金から差し引かれることが多いです。
敷引きは全国一律で行われている制度ではなく、主に関西地方や九州地方など西日本を中心に行われてきた特有の慣習です。
これらの地域では、関東圏で用いられる「敷金・礼金」という区分ではなく、「保証金」という名目でまとまった金額を預かり、そこから敷引きとして一定額を差し引いて残りを返還するという取引方法が一般的でした。
敷引きとして差し引かれるお金は、実質的に「将来の自然損耗(経年劣化)の修繕費用」や「貸主への謝礼金」の意味合いを兼ね備えていたと考えられています。
敷金・礼金・保証金は、同じような意味に解釈している方も少なくありませんが、それぞれ意味が異なります。混同しないように、違いを確認しておきましょう。
敷金は、賃料の支払いや原状回復義務など、借主が賃貸借契約によって負う債務を担保するために、あらかじめ貸主に預けるお金です。退去時に未払い賃料がなく、借主の責任による破損や汚損がなければ、原則として全額返還されます。
礼金は、賃貸借契約締結時に、借主から貸主に対して「部屋を貸してくれてありがとう」という趣旨で支払う一時金です。退去時に返還されることはありません。
礼金と敷引きは、「戻ってこない」という点で似ています。しかし、礼金が最初から謝礼の意味合いで支払うお金であるのに対して、敷引きは一時預かり金の中から退去時に差し引かれる点で異なります。
保証金は、主に西日本で、賃貸借契約時に借主から貸主へ、敷金と同じ意味合いで預けるお金です。敷金との違いは、敷引き額が最初から上乗せされている点にあります。
「借主に不利な敷引き特約は、法律で禁止されているのではないか?」という疑問を持つ方は非常に多いです。ここでは、敷引きの有効性について、法的な観点から説明します。
2020年4月1日に施行された改正民法により、賃貸借における原状回復のルールについて、以下のことが明確化されました。
この原則からすると、経年劣化や通常損耗の修繕費用も含めて無条件で一定額を差し引く敷引き特約は、民法の規定に違反するようにも見えます。
個人の借主が居住目的で借りる賃貸借契約については、貸主が個人であっても、事業として賃貸を行っている限り「事業者」に該当するため(消費者契約法2条2項)、消費者契約法が適用されます。
同法10条では、民法などの任意規定が適用される場合に比べて消費者の権利を制限し、または義務を加重する契約条項であって、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものは無効となることが定められています。
敷引き特約は、民法の原則よりも借主(消費者)に重い義務を課すものであることから、それが「信義則に反して消費者の利益を一方的に害する契約条項」に該当するのであれば、無効ということになります。
この問題について明確な基準を示した判例として、最高裁平成23年3月24日判決が挙げられます。この判例では、以下のとおり判示されました。
借主が敷引きの額を明確に認識した上で契約を締結するのであれば、敷引き特約が信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものとはいえないとの理由で、原則として敷引き特約は有効と判断されました。
しかし、借主と貸主とでは、物件に関する情報の質と量、交渉力に大きな差があることなどから、敷引きの額が高額に過ぎる場合は、賃料が近隣の相場と比べて大幅に低額であるなど特段の事情がない限り、信義則に反して借主の利益を一方的に害するものであり、消費者契約法第10条により無効となる、と判断されています。
敷引きの額が高額に過ぎるかどうかは、通常損耗の修繕費用として通常想定される額、賃料の額、礼金など他の一時金の授受の有無や金額などを考慮して判断されます。
この判例に従えば、借主が敷引きの額を明確に認識しないまま契約書にサインした場合や、敷引き額が相場より大幅に高額に設定されている場合などでは、敷引き特約が無効となる可能性があります。
居住用物件における敷引きは、家賃の1~3ヶ月分程度が相場です。
たとえば、家賃が月5万円の場合、退去時に5万円~15万円程度が返還されないことになります。
もっとも、近年では、全国的にインターネットでの物件検索が主流となり、関東圏の「敷金・礼金」システムとの比較が容易になったため、敷引きが条件となる物件を回避する借主が増えてきました。その影響で、敷引きが条件となる物件は減少しつつあります。
敷引きをめぐるトラブルを防ぐために、借主の方は入居前や入居中から、以下のポイントを確認しておきましょう。
賃貸借契約を結ぶ前には、賃貸借契約書や重要事項説明書で以下の記載を必ず確認すべきです。
| 特約欄 | 「敷引き」「保証金償却」「退去時クリーニング費」などの文言があるか |
|---|---|
| 敷引きの額 | 「家賃の〇ヶ月分」「〇〇万円」「保証金の〇%」など、金額または計算方法が明確に記載されているか |
| 二重請求の有無 | 「敷引きとは別に、通常損耗の原状回復費を請求する」といった借主に極めて不利な条項がないか |
疑問点があれば、曖昧なまま契約書にサインせず、貸主や不動産会社(宅建業者)へ質問してください。納得がいかない場合は、他の物件を探した方がよいかもしれません。
入居中に故意または過失による破損(壁の穴、床の大きな傷など)があると、敷引きとは別に修繕費用を請求される可能性が高く、トラブルに発展しがちです。
このトラブルを防止するためには、入居前からあった傷であることを証明するために、部屋全体の様子、既存の傷や汚れ、カビなどを日付入りで撮影しておくことが大切です。
不動産会社から渡される「入居時現況チェックシート」にも詳しく記入し、コピーを保管しておきましょう。
退去時には、不動産会社の担当者や貸主と一緒に部屋の状態を確認します。その際には、「入居前からあった傷」「通常損耗」「経年劣化」に該当する(=借主の負担ではない)箇所があれば、的確に指摘しましょう。
また、原状回復費用の見積書を提示されたら、以下の点を確認してください。
退去時に、「敷引きの金額に納得がいかない」「敷引きされた上に、さらに高額な修繕費用を請求された」といったトラブルに直面したときは、以下のように対処していきましょう。
まずは、貸主や不動産会社に対して次のような主張を記載した内容証明郵便を送付しましょう。
電話や手紙(普通郵便)で伝えるよりも、内容証明郵便を送付することでこちらの本気度を示すことができ、相手も真剣に対応する可能性を高めることができます。
内容証明郵便を受け取った相手が連絡してきたら、交渉を開始します。
交渉する際は、感情的になることは避け、事実に基づき法的に適正な解決を図りましょう。そのためにも、前述した「事前確認」「記録」「立ち会い」をしっかり行っておくことが重要となります。
交渉がまとまらない場合は、法的手続きをとることが必要です。
敷引きに関するトラブルについては、日本不動産仲裁機構や各地の弁護士会が運営するADR(裁判外紛争解決手続)を利用することもできますが、強制的な解決を図るためには、民事訴訟の提起が最も有効です。
具体的には、「敷金等返還請求訴訟」を提起し、敷引き特約の有効性や敷金の返還額などを争うことになります。
法的に筋の通った主張と、それを裏付ける証拠を提出して勝訴すれば、判決で認められた金額を強制的に回収することが可能です。
敷引きに関するトラブルを適切に解決するためには、専門的な知識や経験、さらには交渉力なども要求されます。
法律の素人である借主の方が1人で貸主や不動産会社に対応しようとすると、一方的に不利な主張を押しつけられ、泣き寝入りすることになりがちです。
そんなときは、早めに弁護士へ相談してみることをおすすめします。
弁護士は借主の味方として、貸主や不動産会社との交渉や裁判手続を全面的にサポートしてくれるため、最善の解決が期待できます。
鎌倉総合法律事務所では、敷引きに関するトラブルをはじめとする不動産トラブルについて、豊富な経験に基づいて総合的な説明及びアドバイスをいたします。
敷引きに関するトラブルでお悩みの際には、状況に応じて最善の解決方法を提案させていただきます。必要に応じて、相手方との交渉や裁判などの法的手続きに関しても総合的にサポートいたします。
まずはお気軽にご相談ください。

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